11/17 主要3紙の社説

朝日1:裁判員と死刑―仲間が下した重い決断
朝日2:海保映像問題―まだ流出の真相が見えぬ
読売1:初の死刑判決 裁判員の熟慮と苦悩がにじむ
読売2:はやぶさ 世界初の偉業を未来に生かせ
毎日1:イトカワ微粒子 天からの贈り物だ
毎日2:初の死刑判決 裁判員に精神的ケアを

裁判員裁判で初の死刑判決につき3紙揃い踏み。
正直、面白いネタではありませんが、3者3様のスタンスが明確だったので比べてみましょう。

朝日1は、これこそが真の民主主義への第一歩であり、この手間/苦悩は乗り越えられるべきものである、と説く。
”だが裁判員制度が始まり、状況は一変した。私たちは、いや応なく究極の刑罰に向き合わねばならなくなった。「自らの意思でそうした仕事を選んだのならともかく、なぜ普通の市民が」と疑問を抱く人も多いかもしれない。しかし、自分たちの社会の根っこにかかわる大切なことを、一握りの専門家に任せるだけではいけないという思想が、この制度を進める力となった。長年続いてきた「お任せ民主主義」との決別をめざしたと言っていい。きのうの判決はそのひとつの帰結であり、これからも続く司法参加の通過点でもある。熟議を重ねて到達した結論は、表面をなでただけの感想やしたり顔の論評と違って、圧倒的な存在感をもって迫ってくる。”
”私たちの仲間が重い判断をした。いまはそれを静かに受け止め、自らの問題として考えを深めていきたい。”

毎日2は、裁判員として参画した一般市民の精神的負担を強調し、死刑制度の存廃にま出射程を拡張する。(当然、死刑廃止という社の方針がありき、と感じられる。)
”被告の生死を分ける判断である。苦悩の深さは察するに余りある。”
”欧米など主要国に一般市民が刑事裁判に参加する制度がある。だが、欧州は死刑が廃止されており、市民が死刑に対峙(たいじ)するのは、米国や日本などに限られる。それだけに、裁判員の精神的負担を軽減するための対策が欠かせない。米国の死刑陪審経験者の調査結果によると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患い、不眠やフラッシュバック、うつなどに悩む人がいるという。今回の裁判で裁判員らは、無残な遺体写真を見るなど、相当なストレスを負った可能性がある。裁判所は、「メンタルヘルスサポート窓口」を設け、面接相談も5回まで無料で応じている。だが、心のケアに回数制限をもうけるのはおかしい。継続して取り組むべきである。相談や診断の結果は蓄積し、検証の対象にしなければならない。また、日本の場合、評議の経過や自らの意見表明も含め、重い守秘義務を負う。違反には罰則が規定される。死刑という重い判断に直面した経験を話したくても秘密を抱え込まねばならないのだ。ストレスに結びつくのは想像に難くない。”
”今後も死刑求刑が予想される裁判員裁判が続く。改めて死刑の適用について議論を深めなければならない。そして、その延長線上には、死刑制度自体の問題もあるはずだ。千葉景子前法相が、死刑制度の存廃も含めた勉強会を法務省に設置した。市民が涙を流しながら、死刑に向き合っているのである。検討を加速させるべきなのは言うまでもない。”

読売1は、事件の全体像から判決の流れを追い、そのうえで、徒に論旨を広げること無く、この判決についての問題点を指摘するという抑制の利いた姿勢を貫く。
”検察は、論告求刑公判の際、「もし死刑にできないのなら、今後死刑になる者はこの国にいるだろうか」と述べた。極刑を望む被害者遺族の感情を踏まえたものだ。しかし、裁判員にとっては、そうした言葉が心理的重圧にもなりかねない。ある刑事裁判官は、「裁判員へのいわば脅迫であり、不適切だ」と語っている。裁判長が、判決を言い渡した後、「重大な結論なので、裁判所としては控訴することを勧めます」と被告に語りかけたことも、論議を呼ぶだろう。それが仮に、裁判員の意向を受けた発言だったにせよ、裁判長が被告に控訴を「勧める」ことが妥当なのかどうか。判決に自信がないことの表れだ、と受け止められれば、裁判官と裁判員が熟議の末に出した死刑判決の重みを否定することにつながりかねない。遺族感情を逆なですることにもなろう。浮かび上がった課題を検証し、今後の裁判員裁判に生かしていかねばならない。”

朝日、毎日両紙が持論にひきつけながら論説しようとする姿勢が有り有りの中で、この読売の姿勢には好感が持てました。よって今日は読売に一票!!

朝日 読売 毎日
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